2017年01月27日

ねえ

お母さんは今の私の歳で統合失調症になったと言っていた。
思えば幼稚園の頃、暗い部屋で一人で泣いていたお母さんを心配して声をかけにいったことがあった。
何で泣いていたかは分からない。

昔うちにはM先生という隣町のお寺の住職がよく出入りしていた。
ありがたい曼荼羅のタペストリーや千手観音の絵馬のようなものを買っていた。
そういうものを各部屋に置いていた。私の部屋にもあった。
小学生のとき、パワーストーンのようなものを持たされて学校へ行っていた。
よく分からないけど、身を守ってくれるものだということは理解していた。
小学生高学年の頃、祖父が認知症になった。
包丁を持ち出し暴れたので「逃げろ!」と家族の誰かが言った。
みんなで近くの路地の陰まで走って逃げた。心臓が破裂しそうなくらいドキドキした。
私たち兄弟は怖さを打ち消す為にそんな祖父の姿を見てばかにするようになった。
中二の時祖父は亡くなった。あんなに馬鹿にしていたのにお葬式では兄弟で泣いた。

そのあとしばらくしてお母さんがおかしな霊能力者を家に連れて来た。
家の中がギクシャクしているのは霊のせいだと思ったようだった。
私は霊よりもなによりもそんなおかしな人間を家に上がらせたことが怖くて怖くて、
当時の日記に「悪魔がきた」と書いた。
お兄ちゃんが暴れるようになった。お母さんがヒステリーを度々起こすようになって、
その声を聞くのがものすごく怖くて部屋で一人で泣いていた。
お兄ちゃんが私の部屋の壁をパンチして穴を開けた。ドアも壊れた。

お母さんが宗教に入った。
私が合唱団で覚えたクリスマスの歌を歌っていたら、「そんな歌を歌うな!」と怒られた。
ごはんを食べる前にお祈りをするお母さんが嫌だった。
心配性なお母さんが嫌だった。
友達のお母さんみたいに普通じゃないお母さんが嫌だった。

お母さんお母さん書いているけどそれはお父さんが登場しないから。
お父さんは何も言わない人だった。
育児はお母さんに丸投げだった。
暴れるお兄ちゃんに対して何もしてくれなかった。
ヒステリーを起こすお母さんを放っておいた。
会社に行って、家に帰ってくるとテレビをずっと見ていた。
スポーツの番組を良く見ているけど、いまだにお父さんがどこの野球チームが好きなのか知らないし、
一言も喋らず黙って見ているだけだったから、スポーツの面白さを教えてもらったことはないし、興味がわかない。


お父さんお母さん。
私はもっと普通の家に生まれたかったよ。
お父さんとお母さんが助け合って、いつも笑っているような家がよかったよ。
お父さんにどんなテレビが面白いか教えてもらいたかったよ。
お母さんは健康でいてほしかったよ。
私に「お兄ちゃんが嫌い怖い」とか言わないで欲しかったよ。
「お父さんが喋らないんだけどどうしたらいい」ってもう何百回も聞いたよ。
絶対口には出さないけど「だったらどうして結婚したの。私を生んだの。」って言いたくなるよ。
今、私はやさしい夫とかわいいこどもに恵まれて、とても幸せなのに、
お兄ちゃんたちも幸せなのに、
お父さんもお母さんもどうしてそんなに辛そうなの?
子供の幸せは親の幸せじゃないの?


心の底から幸せと呼べる日はいつになったら来るの?
posted by まりあ at 23:57| Comment(0) | ダイアリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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